作品概要 〈地点によるチェーホフ四大戯曲連続上演〉シリーズの第一弾として手始めに制作された『ワーニャ伯父さん』。その後、ルーマニア・シビウに招かれ、2008年には国内ツアー、2011年にはモスクワ公演を行うなど、シリーズ随一の上演回数を誇る。舞台中央に置かれたグランドピアノ。百年、二百年先の人類の幸福と、重くのしかかる日常の倦怠を問う、辛辣で滑稽な物語。

 

 

提供:宮崎県立芸術劇場

 

2007  
日程・会場
2007.2.9-12 アトリエ劇研
2007.2.24 高松サンポートホール
2007.5.31-6.1 Casa Sindicatelor sala de Sport(シビウ・ルーマニア)
2008  
日程・会場
2008.11.8-9 金沢市民芸術村ドラマ工房
2008.11.14 福井市文化会館 ホール特設舞台
2008.11.22-24 ぽんプラザホール
2008.11.28-29 メディキット県民文化センター 演劇ホール特設舞台
2011  
日程・会場
2011.2.14-15 メイエルホリド・センター(モスクワ)

 
原作 アントン・チェーホフ
翻訳 神西清
演出 三浦基
出演 安部聡子
石田大
大庭祐介
小林洋平
谷弘恵
窪田史恵[モスクワ公演]
スタッフ 演出助手:村川拓也
映像:山田晋平
照明:吉本有輝子、高原文江[京都公演]
美術:杉山至
音響:堂岡俊弘
衣裳:堂本教子[シビウ公演以降]
舞台監督:浜村修司、鈴木康郎[シビウ公演以降]
宣伝美術:納谷衣美
制作:田嶋結菜
  京都芸術センター制作支援事業
主催 地点 かなざわ演劇祭制作室[金沢公演]
NPO法人福井芸術・文化フォーラム[福井公演]
財団法人福岡市文化芸術振興財団・福岡市[福岡公演]
提携 アトリエ劇研[京都公演]
共催 かなざわ演劇人協会プロジェクト[金沢公演]
金沢市民芸術村アクションプラン実行委員会[金沢公演] 
財団法人宮崎県立芸術劇場[宮崎公演]
助成 財団法人セゾン文化財団 EU・ジャパンフェスト日本委員会
芸術文化振興基金[京都公演]
平成20年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動重点支援事業)[金沢・福井・福岡・宮崎公演]
国際交流基金[モスクワ公演]
協賛 株式会社資生堂[京都公演]

 

 

演劇で何か夢を見たいと思うと、チェーホフの登場人物たちがごっそりと立ち現れます。『桜の園』のロパーヒンと『三人姉妹』のチェブトイキンが、舞台にいたら何を語り合うんだろうなんて空想も含めて、私にとってチェーホフは大変な状況です。なぜチェーホフかという問いに、きちんと答えられないのは「好きだから」という感情をどうやって隠そうかと思いあぐねているからです。なぜ隠そうとするのかと考えると、それは演出とは関係のないことだと思うからです。だからもう、チェーホフはあんまり好きではありません。なぜ、チェーホフをやるのか? 二年かけて四大戯曲を全部やるという計画がおおごとなのではない。近代を超え、演劇の現代性と出会えるのではないかという私のほのかな期待が事を大きくしているのです。これをやらなければその先に行けない気がしたのです。

三浦 基

出典:初演時チラシ
劇評 チェーホフ四大戯曲挑戦 定番脱却、斬新な演出

劇団「地点」によるチェーホフ四大戯曲の連続上演は2月9日、京都市のアトリエ劇研での「ワーニャ伯父さん」から始まった。
舞台は帝政ロシア時代の農村。大学教授を退いた初老の領主と若い後妻が土地の屋敷にやってくる。後妻は、先妻の娘が恋心を寄せる医師の心を奪い、領主は愚痴ばかり。黙々と領地経営をしてきた中年のワーニャは現状に失望、やがて持ち上がった土地の売却計画を知って激怒する……。
閉塞感漂う農村の生活を切り取った地味な劇だが、演出にはユニークな試みが目立った。
舞台中央に古びたグランドピアノを設置。鍵盤には草が生え、天井からは空の映像や世界地図を映し出す奇妙な円盤を吊り下げ、登場人物たちはピアノ上や、周囲に立つ。原作を踏襲した展開だが、早口にしたり文節の切れ目と違う区切りで話したり、言い回しが独特だ。幕あいはなく、約1時間25分で完結した。
作品の根本には「チェーホフ劇の従来の作り方を疑ってかかる」という三浦基の姿勢がある。「役者の入退場は意識して設けたか」「この人物、セリフは必要か」と考え、シーンをそぎ落とした。閉鎖的な空間として農村を描くためか、役者を出したままあまり動かさず、独り言でも全員に筒抜けになる格好にして「狭さ」を強調した。
そもそも劇団「地点」がチェーホフ作品の連続公演に取りかかったのは、三浦の強い希望があった。これまで日本の現代劇などを演出しながら「本当に近代を消化できているのか。チェーホフは僕にとって大きな山。通過できないと現代劇に進めない。演劇をやっている実感をつかみたい」と思い続けてきた。
「リアリズムでやるのではなく、想像力をかき立てたい。地点という装置を使ってチェーホフ作品を観客とともに感じたい」。本拠地を東京から京都に移し、2年。土地柄にもなじみ、満を持しての挑戦だ。
第一弾の京都公演は観客席70人収容の会場ながら、4日間、追加公演も含む6ステージで毎回満席の400人以上を集めた。
ロシア演劇が専門の堀江新二大阪外国語大教授は、二十世紀初頭に近代演劇の第一陣として日本に入ったチェーホフ劇は、描くものすべてに意味を持たせようとするソ連時代の独特のリアリズムの影響があったと指摘。地点は「新劇など従来のチェーホフ劇をいったんすべて捨て去り、新しい方向性を示唆した」と評価する。関西の小劇場に詳しい太田耕人京都教育大教授は、今回の上演を、原作を使って自分流の作品を作ろうとする三浦の試みだったとみる。「四大戯曲を長期的視野で上演していくことで、劇団としても成長していく」と期待する。
三浦自身も「この作品はまだまだ作り込める。あと五年はやれる」と手応えを感じている。5月にはルーマニアで「ワーニャ伯父さん」を再演する予定だ。

日本経済新聞 2007.3.1
田村雅弘
劇評 古典追求で鮮烈な今日性

舞台中央に敷かれた砂。砂の上には古いグランドピアノがあり、その上に、主人公ワーニャとソーニャが乗っている。鍵盤には枯れ草が生えている。ほかにいすに座った女と、砂に座る男。砂のまわりを、ぶかぶかの靴をはいた男が歩き回る。京都を拠点とする劇団地点の「ワーニャ伯父さん」(チェーホフ作、三浦基演出、23日、福岡市・ぽんプラザホール)の、シュールで奇妙な人物配置。  
これは、どこまで削れるか、というアプローチの結果である。物語や身ぶりをを、消失点ぎりぎりまで切りつめたチェーホフ。古典をダシにして、自分の舞台を作ろうというのではない。あくまでもチェーホフに忠実に、しかも神西清の翻訳に忠実に、どこまでいけるかを追求している。最大の特徴は、ことばを不自然に区切り、スピードや音の高低をめまぐるしく変化させる、せりふ回しにある。意味や感情よりも、ことばそのものの身体性を前面に押し出したもの言い。日常的な身ぶりは一切ない。先行世代の前衛性を受け継ぎながら、さらに斬新な演劇的戦略が感じられる。  
ダントツに成功しているのは、ソーニャ役の安部聡子である。竹久夢二の絵のような、ぼうっと夢見るたたずまいの安部には、たおやかなゆらぎがあった。彼女だけが、突拍子もないせりふの変化を、詩として響かせた。優しさから恐ろしさまで、自由自在。だからワーニャの背中を蹴るラストシーンも、鮮烈。  
せりふ、演技、舞台空間の造形、舞台美術の現代アート性もふくめ、この舞台は、文字通りアートシアター(芸術としての演劇)をめざす。そしてトータルアート(全体芸術)であろうとしている。鮮烈な今日性をはらむ舞台だ。

朝日新聞 2008.11.28
梁木靖弘