作品概要 〈地点によるチェーホフ四大戯曲連続上演〉シリーズの二作目として制作した『かもめ』は、オペラハウスの通常客席を借景にし、30mの桟橋を客席に向かって突き出したダイナミックな舞台。文字通り湖のほとりの劇場での上演となった。シリーズ始動にあたって京都で開催されたオーディションを経て、窪田史恵がこの作品で地点に初参加、マーシャを演じた。

 

 

 

 

2007  
日程・会場
2007.8.4-5 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール舞台上舞台
 
原作 アントン・チェーホフ
翻訳 神西清
演出 三浦基
出演 安部聡子
石田大
大庭祐介
窪田史恵
小林洋平
谷弘恵
スタッフ 演出助手:村川拓也
映像:山田晋平
美術:杉山至+鴉屋
音響:堂岡俊弘
照明:葛西健一
衣裳:堂本教子
舞台監督:浜村修司
宣伝美術:納谷衣美
制作:田嶋結菜
  京都芸術センター制作支援事業
主催 財団法人びわ湖ホール
助成 財団法人セゾン文化財団 アサヒビール芸術文化財団 EU・ジャパンフェスト日本委員会 平成19年度文化庁芸術拠点形成事業
  びわ湖ホール夏のフェスティバル2007参加作品

 

 

どうも『かもめ』のこととなると真剣勝負なのです。四大戯曲の中で最初に書かれた戯曲がこの『かもめ』ですが、チェーホフはどうやら劇の時間というものを度外視していた節があり、こちらも本気で挑まないと彼の文学性に足をとられてしまうのです。不躾ですが、『かもめ』は失敗した戯曲だと思っています。しかし、世界で最も上演されているチェーホフ作品はこれなのです。その魅力は、どこをどう考えても、この悲劇を〈喜劇〉と名づけた作者の魂胆にあると思います。運命に翻弄される登場人物の無残を、身を削りながら描いたチェーホフがここにいるのです。私はこの度、『かもめ』の全身をレントゲンにかけたいと思います。きっとそこにはチェーホフという男の影が黒々と写るんでしょう。とびっきりの喜劇をつくってやろうと思います。

三浦 基

出典:上演時チラシ
劇評 破壊は再発見のためにある

劇場中央部に桟橋状のステージを配置し、観客は劇場の舞台上に設けた客席から俯瞰する形で芝居を見るという、変則的な形でチェーホフの名作を上演。この舞台と客席の位置の狂った空間が、奇妙なアクセントの台詞回しを多用する地点のスタイルを際立たせる。またそれは同時に、原作の持つ理不尽さと不条理感を引き立たせる役割をも果たしていた。劇空間と台詞を奔放に打ち壊したその舞台は、決して単なる破壊行為ではない。それは徹底的に壊しても、なお、戯曲の中に強固にあり続ける“何か”を見出すための、過激な再発見の作業なのだ。

演劇ぶっく 2007年10月号
吉永美和子
劇評 独特の演出、古典読み直しの可能性

女優アルカージナ(谷弘恵)は作家トリゴーリン(石田大)に夢中。アルカージナの息子トレープレフ(小林洋平)は青臭い象徴劇を書き、湖岸で恋人ニーナ(安部聡子)に演じさせる。女優志望のニーナをトリゴーリンは誘惑する。
チェーホフ作、三浦基演出の地点「かもめ」(5日、びわ湖ホール)の中核は、芸術を志す若者の自負と不安、野心と怯えだ。
大ホールの舞台上に、全長30メートルの桟橋のような舞台が仮設され、やはり舞台上に作られた客席に突き出している(美術=杉山至+鴉屋)。人物が桟橋をゆっくり往来し、使用人の娘(窪田史恵)だけが終始凝然と立ち尽くす。
桟橋の下に並ぶ無数のパイプいすをなぎ倒し、トレープレフが登場する。「さあ、これが僕の劇場だ」。だが自らの才能を示そうとする意気込みはすぐくじかれる。
湖畔でニーナが劇中劇を演じるのを、私たちは琵琶湖に面した劇場の舞台上舞台で見る。安部が澄んだ声で理知的にせりふを運ぶ。一方、母親の感想に傷つき、「幕だ!」と怒鳴って跳び上がる小林トレープレフのこっけいさ。その幼児性が母親との確執から脱け出せない青年に似つかわしい。
2年後、ニーナは捨てられ、地方回りの女優になっている。桟橋の彼方にいたニーナが進み出ると、舞台に羽毛が降り、ニーナとカモメが重なる。新進作家となったトレープレフは改めて彼女に求愛し、拒まれる。銃声が響く。トレープレフが自殺したのだ。
戯曲を深く解釈し、せりふや人物を整理し、変形する三浦演出は難解かもしれない。だがトレープレフに作者チェーホフの苦悩が投影され、叙情性さえ漂った。この方法に古典の本格的な読み直しの可能性があるのは間違いない。

朝日新聞 2007.8.22
太田耕人