モスクワの中の『地点(存在する場所)』
ドミトリー・ホヴァンスキー
型の崩れた黒いコートを着て、馬鹿でかい靴を履いた男がゆっくりと円を描くように歩いている。完全なる静寂のなか、彼の靴音だけが響く。ひと回り、ふた回り、五度回り…。しだいに回数がわからなくなる、いや、正確には数えるのをやめてしまう。というのも、彼の動きそのもが悩ましく迫ってきて、自分がメイエルホリド・センターに劇団「地点」の『ワーニャ伯父さん』を見に来たただの観客にすぎない、ということを忘れさせるからだ(「地点」とは、日本語で「存在する場所」を意味する)。
劇団「地点」は日本でもっとも有名な劇団のひとつであり、演出家三浦基は複雑で哲学的なテクストを素材に選ぶことも多い。たとえばアントナン・アルトーや日本の劇作家であり演出家であった太田省吾の戯曲などである。モスクワでは『ワーニャ伯父さん』と『桜の園』のチェーホフ2作品を上演した。最近の演出家の多くが、これら世界的に有名な戯曲を上演するにあたって、ただただ先人たちの試みを否定し、これまでやったことのない奇抜な方法を見せ付けてやりたいという思いだけにとらわれていることは、もはや秘密でもなんでもない。三浦基はもちろんそんな仲間に入るような演出家ではないし、少なくとも、彼の演出を古典的だということはできない。演出家は、原作のテクストを自由かつ大胆に扱っている。単に登場人物のせりふを入れ替えただけではない。演出家自身にとって、また今日の日本が置かれている状況にとって、とりわけ重要なものを戯曲のなかから見つけ出すために、多くの登場人物を削除してしまった。
『ワーニャ伯父さん』は次のように始まる。観客の眼前には砂でできた島があり、その大部分を占めるようにグランドピアノが置かれている。ピアノの上にはソーニャ(安部聡子)とイヴァン・ペトローヴィチ・ヴォイニツキー(大庭裕介)が凍りついたようにじっとしている。彼らの客であるエレーナ・アンドレーエヴナ(谷弘恵)とセレブリャコフ教授(小林洋平)が島の上に並んで座っている。芝居は、終始このまま、ほぼ動きなく進行する。
唯一活動的な登場人物がアーストロフ(石田大)である。彼こそが黒いコートの謎めいた人物であり、その足音が芝居の冒頭、この奇妙な見慣れない世界に観客を巻き込んでいくのである。意外なことに、アーストロフがこの芝居を動かしていく力となるのだ。他の登場人物と対照的に「仕事をしている」この人物が(芝居の間中、舞台の隅でじっと座ったまま本を読んでいるマリヤ・ヴァシリエヴナ・ヴォイニツカヤ(窪田史恵)だけは例外であろうか)。彼の仕事は医師としての診療と、もちろん森林や自然保護の仕事である。それに真逆の効果を与えるかのように、美術の杉山至は、もうずっと前から音など発したこともないセレブリャコフの屋敷のピアノに干からびた草が突き出している情景を作り出した。怠惰と無関心さに家族のみなが浸されていてしまっているこの世界では、自然は死んでしまっているのだ。ヴォイニツキーがセレブリャコフをピストルで撃つシーンの直前まで、すべてのコミュニケーションはピアノの上でだけ行われる(そのシーンの直前には、両者はピアノの上の場所をめぐってシンボリックに争ってみせる)。しかしながらこの場面が芝居の山場ではない。深く印象に残るシーンはアーストロフが語るこの地方の歴史であり、破壊されゆく森林の話なのである。話の最中、登場人物たちの頭上の、奇妙な、なにやら割れた鏡を思わせるような丸い構造物に地球の映像や漂う雲が映し出される。そこで観客は、身の回りの地域や小さな庭に関する悩みなんかよりも、アスロトフの言葉のなかにこそ、とても重要な何かがあるのだ、ということを理解しはじめるのだ。
幕切れに、ソーニャがかの有名なモノローグを発するわけだが、観客は思わず耳を疑う。というのも、突然、それがロシア語で(!)聞こえてくるからだ。「私たちは天使の声を聞く・・・」ソーニャ役の女優が、独特の抑揚をつけながら、言葉のひとつひとつを刻みつけるように、脇に横たわるヴォイニツキーの背中を足で蹴る。それはまるで観客の無関心を蹴りつけているかのようでもある。
二つ目の作品『桜の園』もおなじようなスタイルの演出になっている。ラネーフスカヤ(安部聡子)、アーニャ(窪田史恵)、ワーリャ(谷弘恵)とガーエフ(石田大)の四名の登場人物は芝居の間中、ほとんど動かない。山積みにされた木枠の中に埋もれるように座っていたり、立ったりしている。『ワーニャ伯父さん』同様、舞台装置はシンプルさが際立ち、目を引く。砂と大量のコインが一面に撒かれた床には、古びた窓枠や額縁がふたつに山と詰まれている。周囲をぐるりと囲むように細長いスクリーンが置かれ、チェーホフの時代の古い写真が映し出される。本作品では、演出家はダイナミックな動きと静止とのコントラストを強調している。ロパーヒン(小林洋平)の激しい動きこそが、「家族たち」の完全なる静止状態の醸し出す異常な雰囲気を、強烈に生み出しているのである(なぜだか、この「家族たち」という言葉、大文字で強調して書きたくなる。[訳注:訳では「」でくくった])。行動的で決断力のあるロパーヒンの桜の園救済計画が背景に描かれることで、ガーエフ、ラネーフスカヤ、アーニャ、そしてヴァーリャの無為さが際立つのである。
演出家は芝居にいくつかのレベルを同時につくり、重層的に構築している。第一のレベルは、それは、もっともわかりやすいものだが、「家族たち」とロパーヒンとペーチャ・トロフィーモフ(大庭裕介)との奇妙な三角関係の対立である。この観点から見れば、「家族たち」はまるで一人のペルソナであるかのように、一緒に額縁の枠の中に、一家族の肖像の中に納まってしまう一体性を持って描かれる(ただし、アーニャは例外で、他の家族より上位に位置することを好んでいる)。ロパーヒンが手に窓枠を持ちながら、この奇妙な家族の周囲をぐるぐると歩き回っているのも理由のないことではない。まるで彼らの屋敷の境界線、彼らがその中に凝固してしまった屋敷、彼らの「存在する場所(地点)」の輪郭線を描いているかのうようだ。
ロパーヒンはつねにこの地点に変化を加えよう、その場所を動かそうとする。彼は他の登場人物とはまったく異なった時代の規範の中に生きている。超高速の鉄道、すべてを売り買いの可能性で測るなど、なにごとも素早いことが良いとされる時代である。
舞台の壁には、緑広がる平原を走る列車が映るかと思えば、やはり緑豊かで居心地よさそうな一戸建てのマイホーム群が映し出される。この居心地のよさやアーストロフのせりふを思い起こさせるような自然との共存状態にこそ、進歩発展から取り残され、代々受け継がれてきた伝統や家族の、そして子供の頃の記憶を失うまいとする人々の力はあるのだ。
ロパーヒンが進歩発展するためのエンジンであるとするならば、ペーチャ・トロフィーモフは(人々が夢見る)「明るい未来」の理論家だといえるだろう。壁に映し出される映像は彼のせりふを支持するように見事に呼応している。彼が「真実をまともに見ることです」と言うと、映像にはすぐに機関車の力強く動く部分が映し出され、鉄が擦れあう音さえも聞こえるかのようだ。ロパーヒンとペーチャの対立は、実践家と理論家との間で永遠に起き続ける対立である。「行き着けるかね?」と尋ねられ、ペーチャは「行き着けるとも。さもなけりゃ、行き着く先をひとに教えてやる」と答える。しかし、間をおかず、すぐにペーチャの心配げな声が鳴り響く。「しかし、オーヴァーシューズがないんだ!」
上記のことはこの芝居の表面的な部分についての見方でしかない。この芝居にはもっと深い層が隠されている。微動だにしないラネーフスカヤとガーエフ、アーニャ、ヴァーリャをもっとじっくり観察するならば、彼らも実は、それぞれ非常に個性的な性格を有していることがわかるだろう。これらの特徴はほとんど気づかないような動きやポーズ、せりふを話すときのイントネーションに隠されている。それはせりふのひとつひとつに隠されているのだが、日本語を知らない観客は、わからない言葉が生み出す音楽に注意深く耳を傾けるしかない。この手法によって、演出家は微妙な対立状況を繊細かつ的確に作り出している。本棚に向かってとうとうと述べるかの有名なガーエフのモノローグは驚くほど情熱的に、ほとんど宗教儀式の一端であるかのように語られる。ところがそれと対照的に、ガーエフのモノローグの間、ロパーヒンは一心不乱に目に見えないハエを捕まえようとすることで、ガーエフへの軽蔑感を強調する。ガーエフが、自分は銀行で働くことになりそうだ、と実現しそうもない話をしたり、ロパーヒンがヴァーリャとの結婚を約束したりする場面で、彼らはせりふを言いながら、嘲笑するような笑い方をする、などなど。
せりふのイントネーションや微妙な細部と、俳優たちがほとんど動かないでじっと固まっているということとがあわさって、バラバラに砕かれたテクストの価値や重要性をかえって見事に印象づけている。壁に映写される原作のロシア語テクストが、『ワーニャ伯父さん』のときのロシア語のせりふと同様、まるでもう一人の登場人物のように感じられてくるのだ。チェーホフの言葉がなにか新しいものと絡みつき、チェーホフの戯曲を隅々までよく知っているはずのロシアの観客もこれまで見たことのないような形を作り出している。
上演された2作品は、見事に互いを補い合っていて、まるで完全にひとつの作品であるかのような印象を受ける。観客は、信じがたいほど急速に進められた工業化と、太古以来守り伝えられてきた伝統という二つの極に100年以上もの間引き裂かれてきた日本の姿を目にする。この芝居を見ていると、日本にとって、『桜の園』は日本固有の桜の花の園であり、次第に無関心や不注意から過去へと失われていってしまう伝統のことではないか、という気がしてならない。ラネーフスカヤは、「だってわたしは、ここで生れたんだし、お父さんもお母さんも、お祖父さんも、ここに住んでいたんですもの。どうしても売らなければいけないのなら、いっそこのわたしも、庭と一緒に売ってちょうだい。」と言うしかなかったのと同じように。ソーニャのモノローグを聞いたときに感じた鈍い痛みのような感覚も、競売で奪われそうになった木の窓枠にしがみつく「家族たち」の人々の胸を打つ思いも、ここから生まれてくるのだろう。
芝居のあと、私は家へと歩いて帰った。アーストロフのようにぐるぐる回るのではなく、まっすぐ歩みを進めて。この二つの作品の形式はロシアの観客にとっては初めての体験であったが、その本質はもちろん近しく、理解できる。自然、進歩、そして無関心という問題は私たちにとっても切実なものだからである。



